1:覚醒

目覚めたのはまだ夜中だったと思う。常夜灯を見つめていたのを憶えている。
それが最初だった。
前の日のことは今だにはっきりとは思い出せない。たぶん、もう思い出すことはないのかもしれない。決定的な何かがあったのではないかとも思うけれど、自分の奥底が思い出したくないと封じているか、あるいは本当に忘れ去ってしまったのか。どうなのかはわからないけれど、もうわからないだろうという気がする。


あの時の自分を言い表すとしたら、デカルトの有名な言葉を用いるのが最も適しているように思える。
「我思う、故に我在り」
目覚めれば空腹を感じたり、解消しきれぬ眠気にもう一度眠りたいと思うかもしれない。時間に不満を憶えたり、その日の予定にワクワクすることもあるだろう。
自分には何もなかった。オレンジ色の常夜灯を見つめるだけ。


すぐに眠ったんだと思う。
再び目が覚めた時も常夜灯の下にいた。
初めて思考が働いたのを憶えている。尤も、働いただけで何かを得ることはできなかった。
かすかな混乱とともに、再び眠気がやってきた。


忘れもしない。
三度目の目覚め。
陽の光が差し込んで、少し明るくなっていた部屋の中。
起き上がった自分に気付いた家族が話しかけてくる。
今だから家族だとわかる。
その時は誰なのかもわからなかった。
言葉は理解できた。日本語は話せた。布団、天井、枕。物の名前も判る。
昨日病院に行ったことを憶えているかと聞かれた。
憶えていない。
自分の名前はわかる?と聞かれた。


わからなかった。


感情とともに思い起こせる最初の記憶は、見えない闇にさらされた絶望に覆われている。
思い出すと、今でも頭が痛む。