「Movie」

 こんなに泣ける映画は初めて観た。そう思ったがすぐに前にも観たことがあったと思い直す。以前観たときはこんなに泣かなかったぞ。
 何が違うのか。
 違うなあ。
 前は自宅で休日の暇つぶしに酒を片手に眺めていただけ。雀が可愛く夜明けを告げる土曜の薄明、徹夜の総仕上げにウトウトしながら。
 今はこの静かなる船内で、全神経を映画鑑賞に集中させることができる。
 システムの健康管理が完璧なおかげで頭も冴えているし。
 乗員も俺一人だから邪魔されることも無く、映画でありがちな「コンピュータ、状況を知らせ」って感じの音声でのやりとりも無い。
 画面を見てキーを叩いて。
 アラートを聞き逃さなければいいだけ。アラート、かなりうるさいから観てても気が付けるし。
 何て快適な個人映画館なんだろうかここは。



 違うだろ、おい。



 コンソールに映る起床時間の表示はこれで十二日目。
 旅立ってからの時間は、もう、三百十九年も経っている。地球ではもう二十五世紀も中盤に差し掛かっている頃だ。


 たったの十二日しか記憶に無い。
 記憶年齢……そんなふうに呼んでもいいのかどうかはわからないけれど、俺の意識している自分の年齢は二十九歳のままだ。
 戸籍上は三百四十八歳のジジイ。
 俺が会ったことのある人間は、もう、誰も生きてはいないだろう。クローンでもいれば別だけど。いや、そこまでして生きたい奴はいなかった……と思う。



 長く、遠く。
 地球とも僚船とも連絡の取れない、寂しい航路。
 辿り着いた星系で起こされては、不毛の星々に落胆すること六度
 有人恒星間探査という名の、科学的で快適な拷問。



 こんな旅。
 退屈すぎて、哀しすぎて。映画にもできん。



 ピュイン。ピュイン。
 優しげなアラートに意識が引き戻される。
 頬の涙をごしごしと拭い、ベッドへと戻ると、服を脱ぐ。


 次こそは。
 目覚めることにしくじるか、孤独から解放されるか。
 そのどちらかでありますように……。



 触媒液が注ぎ込まれ、俺は、甘口のそれを一気に吸い込んだ。