虚数航行概論

 虚数航行とは、宇宙空間を移動するうえで実数空間(われわれの住む空間)における光速度を超えた速度で運動するために用いられる超光速移動手段の一つ。
 っていうかあくまでもネタです。
 システムの主要な構成は、
・ヒッグス場からエネルギーを得るためのヒッグスフィールド炉HFR(Higgs Field Reactor)
・HFRが出力するエネルギーから虚数値だけを選別する虚数選別器ISG(Imadinary Select Generator)
・船舶などに位相差マージンの許容値以上の位相角を与えるため、周辺の空間と実数空間を切り離すために用いられる虚数運動量加速器IEC(Imadinarie Energy Cyclotron)
 の三つに大別され、これらのシステムを総称して「虚数ドライブ(Imadinary Drive)」と呼ぶ。
 HFRによって獲得される莫大なエネルギーはISGに入力され、一部はISG内部で実数反粒子の生成に用いられる。この反粒子を流し込むことによってエネルギーから実数成分を取り除き、純度の高い虚数エネルギーがIECへと出力される。
 IECは通常、船舶の外殻から間隔を設けたところに環状の構造物として設置される。IECは一種の粒子加速器であり、虚数粒子が崩壊する際に生じる虚数電磁放射のエネルギーによって虚数成分が非常に高く、非常に薄い位相差空間面を船舶周辺に生じさせる。この空間面の位相角は位相差マージンの許容値をはるかに超えるため、位相差空間面の内と外で実数エネルギーの交換は不可能となる。
 こうして船舶周辺の実数空間は位相差空間面によって絶対座標から切り離されるが、そのままでは絶対座標上を移動することはできず、IECを停止させた時の座標はその前と変化がない。光速度を超えた移動を実現するためには、
・実数空間における十分な移動速度
・より大きな位相角を持った位相差空間面の生成
の二点が重要になる。
 これは絶対実数と絶対虚数の位相差がπ/2であり、実数空間における純粋虚数運動量が無限大になるのと同様に、虚数空間における純粋実数運動量もまた無限大になる、という基本原則に拠る。つまり実数空間における運動量が大きければ大きいほど、かつ、位相差空間面の位相角がπ/2に近づけば近づくほど、絶対座標上を移動するのに必要とされる時間が限りなくゼロに近づくということである。
 よって、船舶が超光速航行を行う際のシークエンスは以下のようになる。
・実数空間内で加速を行う
・所定の速度に達した段階で加速を停止し位相差空間面を発生させる
・出力を調整して所定の位相角を維持する
・所定の時間が経過した段階で位相差空間面を消滅させる

 初期の技術では位相差空間面内部での加速は事実上不可能であり、位相差空間面発生時点での実数運動量を最大値とした慣性航行を行っていた。
 これには先の基本原則が影響している。空間面内部で発生させた実数エネルギーが位相差空間面との境界に達するのは容易く、また、位相差空間面と内外の実数空間との位相差マージンはエネルギーに対してごく僅かしかない。空間面の持つ位相角が十分に大きいために実数エネルギーはその外に出ることはできず、また虚数空間において実数エネルギーは無限大となるため、境界に達したエネルギーは反射しつつ瞬間的かつ爆発的に増大する。これを界面反射と呼ぶ。
 船舶の生成する位相差空間面の規模と界面反射のエネルギーとの比率が一定以上の数値に達すると、ひとたび生じた界面反射が反対側の位相差空間面で再び界面反射を起こし、これを繰り返すことによってそのエネルギーは級数的に増大していく。これを界面爆発と呼ぶ。
 一般的に界面反射によって空間面内部の船舶は被害を被り位相差空間面そのものが早期に消滅するため大規模な界面爆発が起きることは稀である。また界面反射は空間面外部においても生じるが、反射されたエネルギーが再び空間面に達することはないため、外部において界面爆発は発生しない。
 位相差空間面における界面反射は物質においても通用する。ある物質が位相差空間面に達すると、その実数運動量が界面反射を起こす。反射された運動量はその前に比べて増大しているため、物質に対する斥力を生じることになる。

 虚数航行の全行程を外部から観測することは不可能であり、観測可能となるのはシークエンスの一番最初と一番最後だけである。これは位相差空間面の持つ位相角が位相差マージンの許容値を超えた瞬間、空間面を実数空間から観測することができなくなるからである。
 同様に、航行中の船舶から位相差空間面の外部を観測することもできない。空間面の内部で観測できるのは、船舶もしくは空間内の他の要因によって生じた微弱な界面反射のみである。
 位相差空間面の生成に要する時間が短ければ短いほどエネルギーロスは少なくて済む。位相差マージンにおいて、エネルギーはその虚数成分に相当する量を実数電磁波として放射し消費してしまうため、生成に時間がかかると慣性航行に費やすことのできる実数運動量が次第に減少してしまう。このため速やかに位相差空間面の位相角をマージン許容値以上にする必要がある。このエネルギーロスを完全にゼロにすることは難しく、虚数航行に入った瞬間の船舶からはロスによって失われた運動量が電磁波に変換され、フラッシュを焚いたような光が放射される。これは虚数航行終了時においても同様であり、実数空間に復帰する直前、復帰点座標からは可視光を含む電磁波が観測される。
 虚数ドライブの主要要素、すなわちHFR、ISG、IECの連携は極めて短時間のうちに行われる必要がある。HFRによって得られたヒッグス粒子はすぐに電磁波や各種素粒子に変換され消滅してしまうので、その前にISGによって虚数選別を行い、IECへと流し込まなければならない。このためエネルギー伝達には高密度物質による亜光速流体配管を用い、重力的にエネルギーを伝達させる。通常これらのシステムを維持するためには核融合対消滅によって得られるエネルギーでは全く不足していたが、HFRのエネルギーの一部を実数利用することで解決している。

 かつては虚数航行中のセンシングは不可能だった。レーダー波は界面反射のために用いることができず、外部からの電磁波もまた界面反射を起こすため内部には進入しない。物質の希薄な領域を通過する分には危険性も低かったが、位相差空間もまた相対性理論の影響を受けるため、運動速度の大きな褐色矮星のように実数空間においてその座標もしくは存在そのものが観測困難な重力源の近傍を通過する場合には危険が伴う。大きな力が外部から界面反射すると位相差空間面に位相角の不均等な領域が発生するが、空間面の持つ位相角に対してその力が一定以上に大きい場合、不均等な領域の位相角が位相差マージンの許容範囲内にまで減衰する。これは空気の詰まったゴム風船に開けられた穴と同じような効果を及ぼし、非常に大規模な虚数電磁放射を引き起こす。仮に天然の位相差空間面が存在し得た場合、天体との衝突によって空間面の持つ虚数運動量は虚数電磁放射に変換されて空間面は消滅する。船舶の虚数航行によって人為的に作られたものの場合、強力な虚数電磁放射によって船舶は蒸発する。
 このような事態を避けるため、虚数航行中の外界センシング技術が開発された。はじめ、位相差空間面は一層構造で構成されていた。位相差マージンを超えた位相角を空間面が持つため、その内外において界面反射が発生する。これを二層もしくは多層構造とし、内側に向かって位相差マージンが生じるような構造となるよう改良が施された。まずは最外層の空間面を生成して実数空間からの切り離しを行い、平行して内部の層を生成し、緩やかな位相角の領域を維持することになる。これは位相差マージンを維持するということであり、虚数電磁放射が生じ続けるため莫大なエネルギーが必要となる。こうして位相差空間面最外層の外側には急峻な位相差が生じ、内側には緩やかな位相差が維持される。位相差空間面が実数空間から位相差空間に入ると最外層の外側における位相差は消滅し、位相差空間内に緩やかな位相差外層を持った実数空間領域が入り込んだ状態になる。この状態で船舶からセンサーを伸ばし、空間面最外層にあたる位置にまで進出させることで虚数電磁放射の影響を少なくし、外界の観測を行うことが可能になる。位相差空間においても電磁的な観測が可能であるが、観測できるのは空間面最外層と同じ位相角を持った電磁波のみであり、他の位相角を持ったものは観測することができない。また、位相角が大きければ大きいほど絶対座標上を移動するのに必要な時間は短くなるため、一般的に位相角が大きい状態の時ほど長距離のセンシングが容易となってくる。
 副産物として虚数航行中の加速が理論上可能となったが、高加速航行の実用化には幾つかの難関が待ち受けている。位相差空間面の形状は球形か紡錘形であるのが一般的であるが、加速度が増加するに従い進行方向前方の位相差マージン領域が圧縮され、位相角がマージンの許容値を超えてしまう。位相差空間内で慣性航行する場合、界面抵抗によって外部に向けた虚数電磁放射が生じ、実数運動量は徐々に減少していく。位相差マージン領域を設けた場合も同様で、空間面が曖昧になっているため抵抗値は少ないが、圧縮が生じると空間面先端から側面にかけての位相角の差が大きくなり、これが大きな抵抗を産むため、加速すればするほど抵抗値は級数的に増大することになる。さらに進行方向後方の空間面は加速によって次第にすぼまり、やはり後端部のマージンが許容値を超える。ここに対消滅噴射による電磁波などが衝突すると界面反射が発生する。限界を超えた領域が狭いうちは大きな影響とはならないが、広くなるにしたがって船舶に対する影響も無視できなくなってくる。
 実際には実数運動量の減衰分を補うための定速維持加速が限界で、位相差空間内での自由な加速を行うためには流体力学的な理論の成熟を待たねばならないのが現状である。

 位相角の単位はグラード(gr:グラムとの区別のため虚数航行の実用化とともに略号が変更された)で表される。純粋虚数運動量の位相角は100グラードであるが、あくまでも理論値であり、位相角100グラード時の実数空間移動時間はゼロ(瞬間移動が可能)となる。
 実数空間における位相差マージンの許容限界位相角は約3407ミリグラードであるが、空間位相角が増えるに従って許容限界位相角も増加する。